ディストピア TOKYO

浅知恵、場当たり的処置は、なんの根本的解決にもならない

by on 3月.16, 2009, under タウン情報, 体験談

 『不隠で不安な「東京都安全・安心まちづくり条例」に反対するプロジェクトに賛同します。
 広島からコメントさせていただきます。

 「浅知恵、場当たり的処置は、なんの根本的解決にもならない」

 広島の「暴走族取り締まり条例」の立て役者は、竹花豊氏(東京都教育委員)だったんですね。

 広島は、この条例が出来てから市民はえらい迷惑を被っています。

 県警のパトカーが、昼夜をとわず市街中心部を走りまわり、耳をつんざくこれでもかというサイレンと、マイクでがなりたてるダミ声。(これにくらべたら暴走族などかわいいもんでした)特に毎日深夜10時から早朝4時まで、2時間おきの闇をつんざく騒音で起こされ、一時は睡眠不足になり思いあまって県警に電話を入れると、「不審な事件を未然にふせぐため、、」とか訳の分からない返答で、おまけにこちらの名前と住所を言えときました。迷惑に感じている人はきっと多く、さすが最近は少しは下火にはなりましたが、「道路は県警のもの、下々のものは下がれ~」というような道路の占拠は今もつづいています。
 このような管理規制は、全くもって人々の心を不安にし、不信感を募らせ、ストレスを煽る効果はあれど、犯罪防止の役に立つことはありません。
 道路や街頭は誰のものなんでしょうか?

 東京都では「安全・安心のまちづくり条例」をつくって市民にまでお互いの監視、密告するような社会をつくるようなことになってきているようですが、東京で始まればそれは全国に影響がでてきます。

 そうではなしに、人々が息がつけるような多様な自由を取り込んでいく余裕のある街にしてゆくためにはどうしたら良いかと、問いかけ、議論や意識を促していく方向にしか時間はかかろうと根本的な解決はないと考えます。性急な場当たり的な処置はいい結果にはならない。このような浅知恵、場当たり的処置は、日本の政治についても同じことが言えます。

 人々の憲法に保証された表現の自由や思想信条の自由を監視する暇があったら、政治屋の横暴を、もっと監視取り締まり強化してゆく方にエネルギーと関心を注いでゆく必要があります。

(アートパフォーマ-/ハルコ)


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